VELVET REACT
LOADING 0%
ゲームプレイ

STORY SELECT

世界と出逢う前のこと

ワルター

 網膜を焼くかと思うほど強い光は、すぐに調光プログラムによって勢いを失う。目をしかめる暇もなく、最適化された視覚情報がROS――Robot Operating Systemに送られる。
私に搭載されたシステムは正常に、ここが特務機関オルド日本支部KANTO局研究室であることを認識していた。

 両の足で立ち上がったばかりでも、私のCPUは常に回転してやるべきことを私自身に指示する。まずは、特務機関オルド職員に支給されている規定服を身に着ける。それから……

「事件現場の位置を確認しました。180秒後に特務機関オルドを特殊装甲車にて出発。現場到着後、すみやかに作戦行動に入ります」

 鋭い動きで敬礼したあとに、はっとなる。……しまった、これは余計だ。

 目の前にいる、藤色の髪を持つ男は嬉しそうに微笑んだ。

「ああ、まだきみにインストールされている軍事用モジュールが残ってしまっているのかな? どうしても、OR型は初期化が難しいからね」

「失礼しました。以後、気を付けます」

 腕を下ろしながら続けると、さらに男は笑みを深める。

「あはは、いいんだよ。僕はきみの命令権を持たない。今日からは、きみが上官なんだ。ワルター」

 男の言葉を胸に刻むようにして頷き、「それでは出動します」と短く言い置いて研究室を後にする。

「あ! 忘れてたけど、まだエネルギーが満タンじゃないから動く時は気を付けるんだよ! 出動先でいきなりエネルギー切れになんてなったら、大変だからね!」

 背中に投げかけられた言葉に対してシナプスを繋ぎ、彼のPDAへ短く「了解」とメッセージを送った。電子通信も問題なし。オルド施設内の廊下を駆け抜けながら、次々に機能テストをこなす。視覚システムのズームイン・アウト。聴覚デバイスの感度、慣性センサーはもちろん良好。
 CPU内――人間でいう脳にあたる場所で、施設内MAPを照合し、特殊装甲車の位置を再度確認する。

あと7秒後、曲がり角からやってくる人を右に避けよう。

「失礼します」

「えっ! うわあ!」

 先んじて声をかけたつもりだったが、驚かせてしまったらしい。しかし、その人は手に持っているものを落とさずに済んだ。おそらく、何も音を発さずに走っていたら、彼は生理的反応で不随意運動を起こし、その書類を床にばらまいていたはずだ。

 装甲車が格納されている車庫への扉にかかっているロックを遠隔で開錠し、装甲車に駆け寄る。そのままの勢いで扉を開け、運転席に飛び乗った。すぐに車両のオペレーションシステムと自身を繋ぎ――そして、ハンドル操作することなく、私は車を走らせ始めた。

 耳元の通信ではひっきりなしに事件現場の状況報告があがっており、一刻も早い司令官の到着を待っていた。

『現場班、これ以上は――』

 現場には、地元警察署の捜査員とSATが既に到着済。既に銃火器を所持している犯人グループと数度交戦。しかし、50名ほどの配置を整備できていないためか、混乱が起きていた。

 そのことから警察だけでは手に負えないと判断され、特務機関オルドへ応援要請が来たのだ。そして、オルドからは特殊捜査室1班が既に出動している。

 自動運転の速度リミッターを解除しながら、1班の隊員情報を閲覧する。

(蘇芳暁哉、露草雅、翡翠愛斗……)

 露草雅は、私が着任するまで実質的な作戦立案と指揮を担っていた、とある。もしかすると、私が現場へ到着する前に指揮を執ろうとするかもしれない。
 新たにインストールされたコミュニケーションプログラムを参照すれば、「新しいものを拒む性質が強く出る人間もいる」という解答がある。円滑なコミュニケーションに重大な警告が出ているが、実際に確かめてみるまではわからないだろう。

 しかし、やはり私を拒む可能性があることは大きい。それは否定できない。

 なによりも、ヒューマノイドが人間よりも上の権限を持ち、指揮するなどというのは不安を覚えて当然のこと。その警戒心を持ったとしても、受け入れるにしても、どちらも正しい反応だ。

 人間は未知を恐れ、そして自分に近しい存在に親しみを覚える。私はただ、どちらに転んでもおかしくないだけ。

「はじめまして……んんっ、はじめまして」

 できるだけ、印象よく聞こえるように声音を調整する。最適なプログラムは見つからなかった。だからこれは、ROSを使用した自己学習だ。
 タイヤとアスファルトが擦れる音に紛れ込む、自分の声を拾おうと躍起になるがうまくいかない。

「は、はじめまして。……聴覚デバイスを調整しても、自分の声はハッキリわからないな」

 私は、彼らをむやみに怖がらせたいわけではない。無理に受け入れてもらおうとは思っていないが、友好的でいられるなら、それに越したこともない。託された『人間とヒューマノイドの懸け橋になる』という願いのためにも。

「はじめまして。
本日付けで特務機関オルド日本支部KANTO局特殊捜査室の室長に任命されました」

「ワルターです。よろしくお願いします」

 どうか、やわらかく聞こえているといい。

 そっと祈りを込めながら、もう一度だけ「はじめまして」と口の中で音を転がした。

 5秒後、車両の減速。20秒後、現場に到着。

 反芻した通りの未来がやってくるのを、テキパキと出迎える。周囲を驚かせないよう、私は特殊装甲車の扉をそっと開いて、地面に降り立った。

「お待たせしました。特務機関オルド、特殊捜査室長ワルター。現着いたしました」

 武装した人々の目が、一斉に私のほうへ向く。警戒、そして値踏みするような視線。戦場では、珍しくもない反応だ。
 私のCPUはわずかな空白も生まず、次の言葉を発した。

「現場責任者のもとへ、案内していただけますか?」