……いつかもこうして、海を眺めていたような気もする。
ひとり、浜辺に腰を下ろして景色を眺めていたときに、ふと実感が湧いてきた。
意図的なデリートがなければ私のメモリーに記録の欠如は起きない。しかし、該当のログは見当たらない。
それでは、この言いようのない懐かしさは何だろう?
すぐにネットワークに接続し、任務で目にした可能性のある海の画像を検索したが、どれもあの感覚と一致しなかった。
気のせいとして処理することもできた。しかし、あまりにも手触りのよい既視感というものは、それだけで手放しがたい。
(ログにはどこにもない。だが、この海の色……似たものを見たことがある気がする)
水上都市KANTOに住んでいれば、海というものは生活と切り離すことはできない。水上バスは市民の足となり、海産物は食卓を支えている。 だが、それだけではない『何か』がずっと胸の奥に引っかかっていた。
知っている色は、もっと深い青だった。
潮の匂いも、もっとつんとしていた。
風は肌を切り裂くように冷たく――
「おかあさーん! こっちこっちー!」
まだ幼い男の子の声ではっと我に返る。遠くから歩いてくる母親に向かって手を振っているようだった。ぎこちなく周囲を見渡しながら、そっと思考の跡をなぞる。
(私は、今……何を?)
Logにそんなものは存在しない。Memoryにだって。
――じゃあ、Recollectionには?
モノにも、記憶は宿るのだという。ならば、私というモノに宿った記憶が影響している可能性は、捨てきれないのではないだろうか。 荒唐無稽な話だとしても、私には否定しきることはできなかった。
私を構成する外部データの残滓、と片づけるにはあまりにも、心地いい。
漫然と『母なる海』という言葉が眼前に迫る。私からは全く縁遠いはずのそれが、不思議と胸の奥に残った。
背後を、子どもたちが通り抜ける。砂に足をとられて転んだ子を、別の子どもが助け起こした。ワルターは咄嗟に伸ばした腕を引っ込める。
遠くでは、ウミネコが高く鳴いており、野良猫が煩わしそうに前足を振って砂を払っていた。
(よかった、騒動が起きる前の賑わいを取り戻して……。今のビーチは、平和そのものだ)
本来であれば、騒動すらも起きなかったはずではあるが……それでも、被害を抑え込んだ3人を褒め称えたい。 自分の判断が正しかったのか迷った瞬間もあったが、やはりこの3人でよかったと心の底から思う。
蘇芳さんと遥日さんは楽しそうに水鉄砲で戦っており、翡翠さんはその近くで興味深そうに水面を覗いている。 ……と思えば、遥日さんが翡翠さんに水をかけて笑っている。
翡翠さんが悲しむのではないかとハラハラしたが、笑顔のまま遥日さんへやり返していた。……杞憂だったようだ。安堵でつい、笑みがこぼれる。
コミュニケーションというのは時、場所、人で大きく変わっていく。未だ、私が不慣れとしている分野だった。
膨大なコミュニケーションパターンを正しく理解し、運用するのは最新鋭のオペレーションシステムであっても難しい。
(少しは、上手くなっているといいのだが)
ふと、遥日さんと視線が合った。彼は私を見つけると、ぱっと笑顔になり、手を振って私を呼んだ。
「ワルター! なにしてるのー! 一緒に遊びましょ!」
「さっきお魚もいたんですよ! ワルターさんなら、ひと目で種類がわかるんでしょうか?」
翡翠さんも、同じように手招きをした。……一緒にいていいのだろうか。
「こっちのほうが涼しいぞ? ずっと砂浜に座ってたら焦げちまうって!」
私の懸念を見透かすように、蘇芳さんの言葉がぽんと背中を押した。私はゆっくり立ち上がると、水着についた砂を払う。
そして、嬉しさを隠せないままに3人のほうへ駆け寄った。
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ひとり、浜辺で
ワルター






