祭は好きだが、とりわけ音楽が好きというわけでもない。トレーニングのとき、多少流行の音楽を聞く程度だ。好きなアーティストはいるが、新曲の公開を何日もワクワクしながら待っている、なんてことはないし、音楽のルーツなんてこれっぽっちも知らない。
天吏に聞けばさっと調べて解説してくれるから、時折それを興味深いと感じながら聞く程度だ。
それでも、会場を取り巻く熱気や腹の底から響くような音を浴びれば、不思議と気分は高揚してくる。
人混みから少し離れ、木陰に立っていると、どこからかソースの匂いが漂ってくる。ふと、幼少期に地元の祭へ家族で出かけたことを思い出した。
級友に家族といるところを見られるのがなんとなく恥ずかしいような、誇らしいような、ふわふわした心地でいたことを覚えている。
当時、すぐ下の弟も小さく、一番下の弟に至っては人混みの中をまともに歩ける年齢でもなかった。
父親が一番下の弟を抱き、母親が屋台で買った食べ物を持ち、俺はすぐ下の弟の手を握って歩いていた。
祭囃子に気を取られた弟が何度も立ち止まるたび、俺はその手を引いたものだった。
「兄ちゃん、あれ見たい!」
「あとにしろ。母ちゃんたちとはぐれちまう」
「でも、忘れちゃうよー!」
「帰りにも通るだろ。ほら、屋台の場所覚えとくから」
……結局、俺は屋台の場所を忘れていたし、弟は見たがったことすら忘れていた。
その日の夜、眠る前にようやくそのことを思い出したが、言葉にできない罪悪感がこみ上げたことまでは記憶に残っている。今も、なんの屋台だったのかもわからないが。
一番下の弟が歩けるようになってからは、両手でそれぞれの弟たちの手を握っていた。ふたりが別々の方向へ行こうとするせいで、祭を見ている時間よりも、弟たちを追いかけている時間の方が長かった気がする。
それでも、帰宅したあとにふたりが「楽しかった」と笑っていたから、それでよかった。
「……あれ? 煌ちゃん、こんなところにいたんだ」
聞き慣れた声のほうへ視線を向けると、そこには飲み物を両手に持った天吏が立っていた。その後ろには雅とワルターもいる。
「おう、お前らも休憩中か?」
「そー! さすがに人多すぎて疲れちゃった。はい、煌ちゃんの分」
差し出されたカップを受け取る。中身はスポーツドリンクのようだった。
「プロテインじゃねえのか」
「フェスに来てまでプロテイン飲みたくな いでしょ」
「俺は構わねぇぞ? こういう時こそ、たんぱく質の補給は欠かせねぇからな」
「オレが構うの! フェスはフェスっぽいもの飲むのが一番だしっ」
天吏はそう言うと、自分のカップへストローを突き刺した。
「それより、さっきのステージ見た?
あのバンド、超昔に流行った曲を現代風にアレンジしてるんだって!
原曲は百年以上前の曲で――」
「待て。一気に説明するな」
「やだ! 待たない!
待ってたら、別のバンドの番になっちゃうじゃん!」
後ろで聞いていた雅が小さく息を吐き出した。
「……丹色さん。はしゃぐのもほどほどにしてください」
「はーい、ごめんなさい……」
ワルターは俺のそばへやってきて、心配そうにこちらの顔を見上げてきた。
「山吹さんには珍しく、少しぼんやりしていたように見えました。
熱中症の初期症状ではありませんか?」
「はは、大丈夫だって。確かに暑いが、意識障害の類じゃねぇ。
ガキの頃に行った祭を思い出してただけだ。子守しながら回ってたな、ってさ」
「へー! 煌ちゃん、昔からお兄ちゃんしてたんだ」
「今もそんなに変わんねぇよ」
「え……まさかオレが弟ポジ!?」
天吏は驚きながらも、はじけるような笑顔で肩を揺らしていた。
雅はふと、遠くのステージへ目を向けた。それを合図としたように、ひときわ大きな歓声がステージからあがった。
「新しい出演者が出てきたようですね。……楽器を持っていないようですが」
「たまに、アイドルとかも出てくるんだよ。フェスっていうとバンドのイメージだか らびっくりするよねー」
不思議そうに首を傾げる雅へ、天吏がさらりと解説を入れる。
「ま、盛り上がるんならいいんじゃねぇか? ……っと、そろそろ移動するか」
「はい、次は左前方エリアを巡回しましょう。人の動きが滞留しやすいポイントはマークしてあります」
「おおー! さすがワーちゃんっ!」
俺は休んでいた木陰を離れ、炎天下のなか目を細めて歩き出す。俺の歩みを止めようとする弟たちは、もうとっくに成長しきってそばにはいない。
腹の底へ響く音だって、幼い日の祭囃子とは違う。もっと激しく、情動に訴えかけるような音だ。
それでも、誰かと肩を並べて聞いた音は、いつか同じように懐かしい記憶へ変わっていくのかもしれない。
STORY SELECT
変わらずにある熱を
山吹 煌士郎






